年の尾、冬籠もり

 



 俳句の季語では、年の暮れのことを“年の尾”とか“年の坂、年の峠”などとも言うのだそうで。子供たちや若い人には盛大で華やかで…悲喜こもごもでもありましたろう、楽しかったクリスマスが去ってゆけば。いよいよ年の瀬も大詰めを迎え、人々の忙
せわしさにも拍車がかかる。寒いのはかなわないし、一家全員で“上げ膳・据え膳”の骨休めもしたいしと、いっそ旅行に出る家庭も珍しくはなくなり。温泉だスキーだ、果ては海外だとばかり、暮れや正月には関係ないよな行動をなさる方々も、右肩上がりで増加中だそうだけれど。それでもやっぱり…新年の始まりを新品まっさらで迎えたいなら、旧年中の埃や何やはきっちりお掃除して払っておきたいもので。お掃除の傍ら、新年の準備には、晴れ着の用意と美容院の予約。それからそれからお飾りやしめ繩も揃えなきゃ、あれって“一夜飾り”は縁起が悪いというからね。いくらコンビニやスーパーは元旦から開いてるっていっても、こっちがなかなかそういう筋へは出掛けられなくなりそうだから。そこはやっぱり、お刺身やお肉なんかはいいところを暮れの内に買い出ししておかなきゃだし、台所や床の間へ神棚を作ったりお札を張ってるお家なら、それもチェックしておかなきゃ、榊と一緒に仏前の樒も買っとかなきゃだし。

  「年賀状は何とか書き終えましたし、お掃除もボクの分担部分は何とか。」
  「そうかいそうかい、そりゃあ助かる。」

 そんな年の瀬にいきなりやって来て、都合はないか、今日は体は空いてるかと、そうであることくらいとっくに調べがついてんだと言わんばかりの相変わらずの強引さで、小さな後輩くんをお家から連れ出した金髪痩躯の先輩さん。玄関に出て来た母へは“すみませんが瀬那くんはご在宅でしょうか?”なんて、そりゃあ見事な猫っかぶりをした上で、手土産の菓子折りなんぞを渡しつつと、好印象を山ほど植えつけて下さったので。幸いにも“用事はいくらだってあるって言うのに”なんていう、厭味が見え見えの嫌な顔はされないで送り出されたセナだったけれど。
「蛭魔さんチも大掃除とかなさるんでしょう?」
 確か別宅のマンションの方は、日頃からご実家からの人が来ていて手際よく片付けてくれていると聞いたことがあったので、そちらは特別な大掃除だ整理だはしないのかもだが。これから二人で向かう先というのは…セナの家から少し離れたところで待っていた、黒塗りのベンツに乗せられての帰還だということは、泥門市内のお屋敷町にある、あの豪奢なご実家の方に違いなく。一応はちょっぴり奮発して買ったけど、この高級なお車に比べれば何とも不釣り合いなコートをお膝に抱え、ごくごく一般人でございますと肩をすぼめてしまったセナくんが“連行”された先はといえば。そりゃあ立派なお屋敷のアプローチ。迎賓館のそれを思わせるよな頑丈そうな門扉から、玄関までを車のまま乗りつけられるという規模からして、やっぱり世界が違うなぁとの感慨も新たにしていると、当家の坊っちゃまが“ほれほれ”と手招きしたのでそれへと従い。学校の玄関みたいな石段を上がって、まずはの“沓ぬぎ”からして構えが違う。公民館か少し手広い個人医院のように、4畳半くらいはありそうな広い三和土だけの空間がまずはあり、壁に平たいのが作り付けのロッカーへ靴を入れてスリッパに履き替えるようになっており。たくさんの来客を招く会合・会食なぞを催す時には、そこに下足係の人が立ち、来客を屈ませることなく世話をしつつ、次の間のホールへと進ませるのに違いなく。段差を上がって観音開きの内扉を開けば、そこには…屋内なのにバルコニーみたいになっている、2階への立派な回り階段も据えられたところが何かしらの舞台セットを想起させる、高い高い吹き抜けになったホールが現れる。明治だか大正だかの古い洋館を模した作りだそうで、それでも拵えのあちこちが現代風にアレンジされてあり。例えばこのホールにしても、いきなり“おおっ”と歓声を上げたくなるよな天井の高さや荘厳な風格漂う豪華さではあるものの、重々しくも厳格な威圧感は極力押さえ、すっきりと風通しのいい明るい空間にと心掛けられてもあって。2階部分やら天窓からは、冬の優しい外光が間接的に入って来ており、それは柔らかに明るい場所となっている。
「ほら、ぼんやりしてんじゃねぇよ。」
「あ、はい。」
 初めてお伺いした訳ではなかったけれど、それでもやっぱりたまにしか運んだことはなかったので。相変わらず異世界なお屋敷だなぁと、時代村などのアミューズメントパークにでも来ているかのようなお顔になってたセナくんを、どこか苦笑混じりにこっちこっちと招き入れ。少しほど遅れて続く後輩さんを従えて、すたすた進む真っ直ぐなお廊下。お庭へと向いた大きな窓が続くので、先をゆく蛭魔さんの金の髪が陽光を浴びてきらきら綺麗だななんて思っていたらば、
「今日はお前に使命を与える。」
 とあるドアの前で立ち止まり、ノブに手をかけ、おもむろにそんなことを仰せになった彼であり。
「???」
 大学の方はとうに冬休みに入っており、アメフト部の活動の方も…この月の半ばにあった入れ替え戦の勝利にて、2部リーグへの昇格が決まったところで、新学期までは“自主トレ”モードへと態勢が切り替わっているし。だってのに“指令”とはまた、そんな仰々しい言いようにて、一体どんな無理難題をば押しつけようっていう破天荒な先輩さんなのだろうかと。小さな後輩さんが素直にも怯えてしまい、その身を竦ませてしまったのも、言ってみれば“正しい学習の成果”には違いなかったのだけれども。
「ほれ。」
 わざわざ先に言って下さったのは、せめてもの覚悟の時間を与えたからのこと。それほどまでに苛酷で突発的な試練がそのお部屋で待ち受けているのかしらと、ついつい固唾を呑んだセナくんへ………、
「…わっ!」
 扉が開き切らぬうち、ばふっと飛びついて来た毛玉が1個。それはそれは丁寧なトリミングやお手入れを日々受けているのだろう、ふかふかな毛並みの彼こそは、
「わう、あんあんっ!」
「キ〜ング。いきなりの飛びつきはドッグショーなんかだと減点対象になんだぞ?」
 ご主人からの注意も何のその。スピアタックルほどの威力はなかったものの、十分に意表を衝かれたその煽り。お見事なまでに後ろへどさんと、廊下に敷き詰められてあった絨毯の上へお尻から押し倒されたセナくんの。顔と言わず手と言わず“お久し振り〜〜〜vv”というご挨拶代わりに舐め倒している、小さなシェットランドシープドッグのキングくんでございました。





            ◇



 セナくんがそうであったそれ以上に、日頃の練習から、春の開幕戦では対戦相手への挑戦状…もとえ、交歓試合への依頼状の発送やスケジュールの調整。合宿を張ることになればなったで、様々な手配の確認も手掛けつつ、同時進行にて対戦相手となるチーム全ての最新の情報のチェックも怠らず。チームの仕上がりに合わせて練習のバリエーションも調整してゆく…といった手間暇を一手に引き受け。全ては秋の星取り戦に向けての下準備とばかり、それは周到な手回しに余念のない、悪魔のように疲れ知らずな主将でもあり。1年中アメフト三昧(時々 学業)という案配にて、そりゃあもうもうお忙しい蛭魔さんだった筈なので。日頃はとてもではないがこのキングくんへの構い立てをしてやれず。食事や散歩、トリミングや体調管理なんぞに関しては、こちらのお家に係の方もおいでだそうだが、それだけで良いって問題じゃあない。某ケルベロスくんのように逞しくはない“箱入り”なので、寂しいとそれだけでも元気がなくなる子でもあり、少しでも時間が取れそうならば、散歩兼用のランニングにだけでもと、小まめに戻って来てもいた妖一坊っちゃんではあったそうなのだけれども。
「年末はほれ、この屋敷自体が大忙しにもなるのでな。」
 新しい年が来るからというだけでなく、年が明けてから一斉にご帰宅なさる、旦那様ご一家をお迎えする準備にと。屋敷内は冗談抜きに“上を下への”という勢いでの修羅場と化すのだそうで。
「…お静かですけれどもね。」
 この部屋までのお廊下でも、出迎えの加藤さん以外とは出会わなかったし、特にそんな“騒ぎ”の喧噪は聞こえませんがと、言い返して来たセナくんへ、
「そらそうだ。忠臣蔵の畳替えの場じゃねぇんだからよ。」
 何も激戦の真っ只中にある戦場や、仕上げの日をぎりぎりに切られた工事現場じゃないんだから。軍配片手の司令官の指揮の下、物資を肩に担いでどたばたと、様々な部署の方々が、コントみたいになりふり構わず駆け回ってまではいらっしゃらないものの。それぞれに振られたお役目の完遂へと、どちら様も脇目も振らずの集中でかかっておいでには違いなく。注意して見てみれば、主人の息子という自分へのお世話の端々にも、どこか浮足立っておいでの気配がそれとなく拾えもするのだとか。そういう例えで言ってみたフレーズだったのだが、
「あのあの。忠臣蔵の畳替えって、何ですか。」
「あ〜っとだな…。」
 ソファーに腰掛けたそのお膝にシェルティくんのお顔をちょこりと乗っけて、まだどこか子供のそれの域にありそうな小さな手にて、いい子いい子vvとわんこの頭を撫でてやりつつ。馴染みがないフレーズだったからと、屈託なく訊いて来たセナくんへ、
“こいつ、そういうことには詳しそうに見えるのにな。”
 ついつい気の利いたような言い回しをもって来たつもりが通じていなかったことへ、うっと口ごもってしまったりする蛭魔さん。確かに…それこそ見栄えなんてものは関係ないことなんだろけれど、いかにも日本人という黒眸黒髪の少年がそれを知らず、金髪に淡灰色の眸というお兄さんの方が詳しいのは、傍目からもちょっとばっかり違和感が。
(苦笑)
「忠臣蔵は知ってるよな?」
「えと、はい。」
 世間の目を欺いてまで時を待ち、赤穂浪士の47人が主人の敵のお屋敷へ、雪の夜に討ち入るお話ですよね、と。そこまでは何とか知っているらしく、
“…まあ、そうだな。浅野内匠頭がどんだけいびられたのかは、最近ではあんまりドラマ化もされてねぇか。”
 舞台は江戸時代の元禄14年(1701)。京都の帝に仕える勅使が上京した折の幕府側の接待役に就いた浅野内匠頭長矩は、指導担当だった高家・吉良上野介義央からの重なる侮辱に耐え兼ねて、ついには抜刀厳禁の江戸城内にて彼へと切りつけてしまい、禁を破ったかどにより、即日切腹を言い渡されてしまう。後世の芝居や映画などなどは、そこから…赤穂藩で訃報を聞いた藩士たちの、お家もお取り潰しの上、城を明け渡せと命じられてからの“敵討ち”の方を中心にしてお話が始まるのだが、そういったところに進む前の段階。映画で言うなら『忠臣蔵・episode1』にあたる
(おいおい)逸話が幾つかありまして。そこでは、浅野内匠頭が吉良上野介からいかなる無理難題を吹っかけられたかが事細かに展開されていて。例えば、城への特別な参内用の様式の異なる特別な着物を一人だけ教えられていなかった…とかいった具合に、恥をかかせて憤懣やる方なしな想いを抱(いだ)かせんという、いかにも狡知の利いたあざとい意地悪が、女性たちの織り成す陰湿な苛めのオンパレードな“大奥もの”にも負けじと出て来るその中に、勅使接待用の本陣の畳百枚を全て、新品に取り替えよとぎりぎりの日になって命じられる話がありまして。何でもっと早ように言って下さらなかったか、そのようなことは常識の範疇内ではござらぬか。何とも憎々しい言いようをする奴がらだけれど、そんなやり取りの暇まも惜しい。江戸詰めの従者たちが江戸中を駆けずり回って畳職人をかき集め、畳表の葦草イグサの張り替えの段から家中の方々全員で手伝っての、たった一晩にてやり果おおせるという、今で言うところの“プロジェクトX”ばりの(こらこら)奇跡のお仕事を綴った逸話がそれであり、
「それって…凄いですねぇ。」
 今時のお子たちは畳替えどころか、畳のないマンションに生まれた時から住んでるケースもざらですからねぇ。たった一晩で百枚もを、張り替えしながら取っ替えるっていうのがどれほどの至難かは、恐らく…想像する土台というか基礎さえないのかもですけれど。どうやらセナくんには、何となくながらでも判りはしたらしい。
“そんなことまで知ってる蛭魔さんなんだ。”
 ああやっぱり、そっちへの感心だったでしたか。
(苦笑) まあ…この蛭魔さんがそんな目にあっていたとしたならば、今の時代のようなIT機器はなくたって、情報というものの価値はご存じでもあろうから。抜け目のなさでは吉良様にも及ばないほど周到に、きっちり完璧に事を整えたその上で、ご老体にはこんな現場へのいちいちの目配りも大変でしょうぞと言い含め、どっかへ片付けちまうような算段までも、易々と打ってしまいそうで恐ろしいかも。
“おいおい、モーリンさんってば。”
 まま、そう言った胸の裡(うち)にての想像や思惑はともかくとして。
「話を戻すが、そんな訳でウチもばたばた忙しなくなるんでな。こいつのお守りってのが年末恒例の仕事として俺へと回って来るんだよ。」
「ははあ。」
 どうやら暇そうにしておいでの坊ちゃんですので、キングが他の者たちへじゃれつかないように、どうか相手をしてやってて下さいませなと。この時期に帰って来るといつも言われてしまうのだそうで。
「ま、それもまた、一種の口実なんだろうけどもな。」
「口実?」
 そのお役目への格好のお守り役のセナへとキングちゃんを任せっ切りにして、向かいのソファーで座面へと上げた脚を組み、少々自堕落にも寝そべり半分という格好になった当家の坊ちゃま。ついつい口を衝いて出た一言へ、何でもねぇと言葉を濁したが、
“そうでも言わなきゃ、このところ…あんまり此処に帰って来なくなりつつ俺だからだろな。”
 子供たちが成長し、それぞれに生きる場を得て、生まれ育った家からいつかは独立してゆくのも、当然のことではあるけれど。まだまだ学生の末息子。それでなくとも…愛らしくて才気煥発で、大人たちからの愛情を一身に受けていた腕白さんで。だってのに、いつからか…自分の立場というものへのとある思い込みに取り憑かれてしまい。そんなせいで、ずんと早い時期から外へと足場を造ってしまい、そりゃあ性急にここからも離れようとなさった、そんな坊っちゃまだったから…尚のこと。暖かい家庭を、あなたの“ホーム”をどうか忘れないでと、執事の加藤さんやら最も間近な身辺の目配り担当の高階さんやが心配し、気を遣ってもいるのだろう。ありがたいなと思いつつ、されど、それも微かに負担かもなんて、ちょっと罰当たりなことを少し前までは思ってた。自分では…要領の良いだけの、今時の子だっただけなのだけれど。実は立派に、人一倍に一途な人でもあって。アメフトさえ出来れば良いんだと。その頂点へと上り詰めたいだけのことで、他には何にも要らないからと。早い時期から冷めた顔をしていたと思う。一人前な筈の高校生になったからという気持ちの背伸びがあってもなお、何でも出来そうで侭ならない、頑迷な“現実”との端境
はざかいにて。彼なりにちょっぴり世を拗ねて、一線引いた向こうから眇めた視線を投げていた。

  ――― なのにネ。

   忘れかけてた、振り払って来たはずのもの。
   つないだ手の温かい手触りとか頼もしさ、
   屈託のない笑顔、
   切なさの余りに真摯に向かい合って制
めてやりたくなる涙だとか。
   理性・理論や合理主義にて鎧った筈の、頑なな肌を易々と突き通り、
   胸の中のやわらかいところへと一気に触れて…そのまま離れないものが。
   それは人懐っこく擦り寄って来たのは、あれはいつからのことだったろか…。

 傍若無人では誰にも負けてなんかいないから、痛い目を見ないうちに離れろと、どんなに突き放しても、その人は少しもめげないで寄って来て。間違いなく傷ついたろう、それで懲りたろうというような、手ひどいまでに悪し様な扱いをしても諦めない。さすがは芸能人で、年期の入った図太い奴なのだと思っていたらば、とんでもなく。飛び切り繊細で、なのに…ぎりぎり折れかかるまで辛抱してしまう、そんな我慢強い人でもあったと知ってしまって。それからはもう、絆
ほだされるのに時間もさして掛からずで。こちらのちょっと幼稚だった内面を知っても、笑ったりはせず。もう独りで泣かなくてもいいなんて、一丁前なことを言い。泣いてなんかないと突っぱねれば、

  『じゃあ………もう泣いたって構わないんだよ。』

 そんな偉そうなことを言ってくれた、亜麻色の髪をした“こんちくしょう”さんは。年末ぎりぎりまで新春2時間ドラマとやらの撮影があると言っていたから、都内のスタジオにずっとずっとその身を拘束されていて、大晦日にならないと逢えなくて。人をさんざん甘えたにしておいて、それはないだろうというほど、最近 頓
とみに忙しい人だったりもするのだけれども。

  “まあ、そんっくらいは我慢もしてやるさ。”

 こんなひねくれ者をまるで宝物でも扱うように、その頼もしい懐ろに入れてくれ。そのくせ…自分はアメフトの次で良いと、いつだって笑って言う、それは優しい人だから。こっちもそのくらいは待てるまでの技量を持てないと、負けたみたいで癪だしね…と。何でだかそこまでのこと、胸の裡にて甘酸っぱくも回想してたら、
「…あの、蛭魔さん?」
「………っ☆」
 やべーやべー。//////// 独りで居た訳じゃあないのにね。心の中でとはいえ惚気てる場合じゃなかった…じゃあなくて。
“誰が惚気たりなんかしてっかよっ!”
 吠え立てながらの照れ隠しの八つ当たり半分に、こっちへカービン銃を向けたりなんかしないように。
(苦笑) あぐあぐと遊び半分に手へ甘咬みして来るのにも慣れたものという感じで、シェルティくんをじゃらすのがお上手なセナくんが。急に黙りこくっての沈思黙考に入ってしまった蛭魔さんへとお声をかけたのは、退屈になられたのかなぁと思ってのただそれだけだったのだけれども。気のせいだろうか、一瞬、ひくりと肩を跳ね上げた蛭魔先輩は、

  「…そういや、お前。Q街の“アンダンテ”で泣かされてたそうじゃねぇか。」
  「………っ☆」

 おおう、なんてお見事なお返しの反撃でしょうか。…いや、だから。別にセナくんは、あなたが呆けているのを見とがめてとか、意表を衝きたくてと声をかけた訳じゃあないというに、この負けず嫌いの先輩さんたらもう。
(苦笑) そしてそして、
「な、なんでそんなこと、知ってるんですよう。////////
 セナくんもセナくんで、隠し事が出来ないところは相変わらずなご様子でして。…まあ、この人が相手ではねぇ。知らん顔を決め込んだらもっと言い逃れが出来ない何かを出して来そうで、そっちの方が怖いかも。勿論のこと、そこまでの警戒やら深読みやらもないままに、素のお顔であっと言う間に真っ赤になっちゃった小さな後輩くんの取り乱しようへと。やっとのこと、気が癒えたらしき臍曲がりの悪魔さん。心地のいい暖房の効いた中、ほっそり締まったその身に沿うような、品のいいデザインのカットソーも、いかにも動きやすそうな…きっと誂えに違いないスリムなパンツも、揃えたように全く同じ深さの漆黒でまとめた、年若き黒豹のようなしなやかな御身をむっくりとソファーの上に起こすと、
「なんで、なんてのはどうでもいいさ。」
 肉の薄い口許だけは くすんと笑う形に歪めたものの、淡灰色のその瞳、やさしい色味で澄ませたまま。

  「泣くまで何を我慢してたんだ? お前。」
  「……………。」

 ああ、ほら。何でこの人は。あっさりと何でも把握しちゃえるのかな。人の気持ちなんてもの、いちいち意に介していられるかと、自分の都合や打算づくめで生きてるような顔をしながら、実は実は。どれほどセナやモン太くんや、他の仲間たちのこと、陰ながらきっちりと見守ってくれていたことか。殊に、引っ込み思案で不器用なセナについては、よっぽどその不器用さが焦れったいのか。それとも…そんな彼の想い人がまた、人との付き合いやら世の常識とかいうものへ、無頓着にもほどがあるほどマイペースで来れていた、世間知らずにも程があるぞの不器用極まりない人物であったせいか。そりゃあもうもう、粉骨砕身と言ってもいいほどあれやこれやと気を回しの、何となればセナの身を優先して守っての“接近厳禁”を相手へ言い渡しのと。こっちがかなり後にならないと気づけないほど、さりげなくも徹底しての、ガードやフォローをしいて下さりもする人で。だったからこそ簡単に、想定出来ることなのか、
「お前はあいつが待ってろと言やあ、向こうがうっかり忘れてもそのまま、一生だって待ってるような奴だからな。」
 誰と一緒に居て、なのにあふれた涙なのだということまでも、ちゃんとご存知なその上で、やれやれとしょっぱそうに苦笑をして見せて。それから、

  「長らく逢えなくて、泣いたか。」
  「…はい。」

 アメフトは秋から冬にかけてが一番に忙しく、勝てば勝つほど決戦の地への道が先へ先へと拓かれる。高校生の時は“クリスマスボウル”を目指した自分たちだったが、大学生となった今、その最高峰に当たる1部リーグの覇者を競う“クラッシュボウル”に続いて、全国大会決勝の“甲子園ボウル”が、そして年明けには社会人リーグを制覇したチームと戦う“ライスボウル”が待っており。
「甲子園ボウルとかだと、テレビ中継があるじゃないですか。だから、直接は逢えなくたって平気だなんて…寂しくなんかないって思ってたんですけど。」
 何となくながらも場の空気を察したか。じゃれるのをやめ、きゅうう?と小首を傾げたキングの愛らしいお顔を見やったままにて。負けないくらいに幼さの色濃く残るお顔を、それでも神妙に堅くしたセナくんが、ぽつりぽつりと語るのへ、
「………。」
 こちらも今度は妙な合いの手で掻き回すこともなく、黙って聞いてやる先輩さんだったりし。

  「テレビ画面の中にいる進さんて、
   どんなにアップにされててもやっぱり遠いんですよね。」

 アップになればなるほど、手が届かない人なんだなぁって思えて来ちゃって。実況の人と解説者の人が、今のプレイがどれほど素晴らしかったかと賛辞を並べれば並べるほどに、自分から彼までの距離がどんどん生まれる。録画したのに、変ですよね。まだ一度も観直してない。そんな進さんから連絡があって、逢えることになって。それで、
「本物の進さんだ〜って思ったら…。」
「知らぬ間に涙が出ていた、か。」
 ズバリ言われて“ひゃ〜〜〜っ///////”とばかり、小さな肩を窄めたセナへ。

  “…ったく。”

 何てかわいい奴だろかと、今度はくすぐったくての苦笑が浮かんで来てしようがない。いくらお互いに、相手にとっての聖域や最高の舞台、その価値などなどを重々知っているからと言ったって。一途なのにもほどがあり、放っておくなんてと怒りもしなけりゃ、こっちを向けというアピールもしないまま。ただただ相手を、そして自分の気持ちを、真っ直ぐに真っ直ぐに信じている、他に類を見ないほど似た者同士のお二人さん。
“恐らくは…。”
 こっちのこの彼は、その繊細さと我慢強さから、寂しいとも何とも告げないまま…ただただ待つ立場に徹していたのだろうし。向こうの彼は彼で、そんなセナの懐ろの深さや優しさに何で気づけない馬鹿者なのかと、やっぱり相変わらず 後になって気がついては、自分で自分を誅したに違いなく。
「〜〜〜〜〜。///////
 照れ臭さから顔が上げられないらしく、もしゃもしゃとキングの毛並みを掻き回している小さな手を、わざわざこっちからも伸ばした手で止め、えっ?とこっちを向いた琥珀の瞳へ、

  「そんじゃあ一刻も早く、
   目が離せねぇほどに間近にまで、詰め寄ってやらにゃあな。」

 カレッジアメフトの最高峰にいる彼らの眼前へ。放っておかれぬ好敵手として立ちはだかれば良いだけのことだ。ちょいと型通りな言いようではあったけれど、いかにも不敵そうな強かさを滲ませて、にんまり笑って言ってやれば、

  「あ、はいっ!!」

 その頬へ口許へ、良いお返事と共にたちまち浮かんだのが、まんま“よく出来ましたvv”の花丸をつけてやりたくなるよな満面の笑みだったから世話はなく。こちらも再びお尻尾を振っての“構って構ってvv”を始めたシェルティくんが、ぴょこりと前脚を上げてお膝へ乗り上がって来かかるのへ、
「なぁに? お外へ出たいのかな?」
 なんて。話しかけまでするほどの、余裕が出て来たセナくんが、ふと。愛嬌たっぷりのわんこに、果たして何処のどちらさんのお顔が重なったやら、

  「…蛭魔さんは。」
  「んん?」
  「あ、いえ…その。」

  ――― がちゃりこ☆

 だ〜か〜ら。ガトリング砲なんて物騒なもんの銃口を差し向けて、話の先を促すのはやめたげてっての。
(苦笑) 途中で言葉を濁してしまったセナくん、これはきっちり言い切ってしまわざるを得ないなと観念し、
「…あのあの、桜庭さんはもっとずっとブラウン管の向こうの方が多い人なのに。」
 その先は、言われずとも想像がつく。傍らに居ないのだと感じはしないか。寂しくはないのかと、それを訊こうとしかかったセナだということも。そして、
「別に。」
 そんな風に思ったことはねぇな…ということか。お強い蛭魔さんだもの。いくら格別に好きな人が相手であれ、やっぱりその気丈な矜持は揺らがないんだなと。差し出がましいことだったから叱られると思ったからじゃあなく、馬鹿なことを訊こうとしたもんだと、思ったからこそ言葉を濁したセナくんだったけど。

  「あんのサクラ馬鹿。1時間でも自由になる暇が出来りゃあ、
   往復に30分以上かかるとっからでも逢いに来かねねぇ馬鹿ヤロだからな。」
  「…はい?」

 車の免許取ったのだって、そういう小回りが利かせられるようにってんだから笑わせやがる。呆れ半分に宙で綺麗な手を扇ぐように振りながら、相変わらずにお馬鹿な野郎だよなと、同調して笑っても良いものかどうか大いに困るような言い回しをしてから、
「そういう時は双方で出発して、中間地点のどっかで落ち合った方が、早く逢えるし長く居られて効率もいいってのが、何で判んねぇのかな、まったくよ。」
「は、はあ、そうですよね。////////
 何のことはない、これもまた“惚気”の一種だと、気づいているやらいないやら。まったくしょうがない奴だよなと、それは幸せそうに苦笑
わらってる先輩さんへ、

  “…可愛いなぁ、蛭魔さんてば。////////

 それをホントに言ったらば。新しい年を無事には迎えられなかろう一言を、胸の裡にて擽ったくも転がしているセナくんだったりし。温度は多少違えども、それぞれに幸せと充実に満ちてたこの一年を思い返してる、幸せ一杯なお二人だったりするのでした。

 …良いんですかね、このお忙しい年の瀬に、そんなのんびりしていても。今はまた、逢うのが叶わぬ身であらば。せめて…お互いの大切な人へ、発破をかけるよなメールの1本でも、送ってあげれば良いのにネvv …ははあ、そうですか。甘えればそれが負担になるかも、はたまた、甘えればそれがNG
(撮り直し)の原因になって逢える時間を遅らせるかもと、お考えがあってのことでしたか。これは失礼致しました。


  ――― 何はともあれ、よいお年を…vv






  〜Fine〜  05.12.27.


  *おかしい…。
   来年は“戌年”だから、
   キングちゃんと一緒のお話を一席と書き始めたはずなのに。
   気がつけば双方のお惚気話で終始しちゃったような…。
   これが今年最後の更新となりそうだってのに、
   骨抜き くにくにな お話ですいません。
   この一年、それは可愛がっていただき、ありがとうございました。
   どうか皆様、よいお年をお迎え下さいませです。

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